10あなたの愛が正しいわ~
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10 これからの私にできること
馬車が夜会会場についた。そのとたんに、私たちは一時的に『お互いを思い合っているファルテール伯爵夫妻』を演じる。
馬車から先に降りたデイヴィスが私に左手を差し出した。私が親しそうに見えるようにその手を取ると、デイヴィスはなぜか泣きそうな笑みを浮かべた。
でも、もう『どうしたの?』とも『具合が悪いの?』とも思わない。
彼は私に付きまとわれることを嫌がっているので、彼を心配するのは私の役目ではない。
私はふと、私たちに子どもができたら『デイヴィスは愛人を作るかもしれない』と思った。いえ、もしかしたら、もう外に作っているのかも?
どうして今までその可能性に思い当たらなかったの?
デイヴィスの帰りが日に日に遅くなり、私の寝室に来なくなった時点ですぐに気がつくべきだった。
この国の法律では、結婚して五年の間に、正妻に子どもができなかった場合のみ、愛人を迎えることができる。もちろん、正妻と離婚して、その愛人を正妻にすることも可能だ。
私たちは、今年で結婚三年目になるので、あと二年、私に子どもができなかったら、デイヴィスは、誰からも批判を受けることなく愛人を正妻にできる。
私は、隣を歩くデイヴィスを見上げた。デイヴィスは、今日に限ってなぜか私の視線に気がつき、「どうしたの?」と尋ねてくる。
「……いえ」
「ローザ、顔色が悪いよ。大丈夫?」
『大丈夫』という言葉を、デイヴィスから久しぶりに聞いた気がする。過去の私なら優しくしてくれるデイヴィスに喜んだけど、今の私は特に何も感じなかった。
そんなことより、私が二年後に離縁される可能性があることのほうが問題だ。
私とデイヴィスは政略結婚で、私たちが夫婦であるということだけで、両家にとって利益がある。
でも、愛は盲目とはよく言ったもので、『真実の愛』に目覚めた男女が政略結婚で得られる利益を捨てて、お互いの愛人に走る可能性がないわけではない。
その点は、デイヴィスは、貴族の役割や、自身がファルテール伯爵であるということをよくわかっている。彼は馬鹿な選択はしない。でも、五年後の離婚は馬鹿な選択ではなく、伯爵家の血筋を残すための、貴族としての正しい行動だ。
そうなってくると、今、私がしなければならないことは、二年後に離縁されても生きていけるようにデイヴィスから自立すること。
もちろん、私が離縁されたら、実家の両親や弟は、温かく家に迎え入れてくれるだろう。でも、一度家から出た身で何から何まで実家の世話にはなりたくない。せめて、自分にかかる費用を自分で払えるくらいの財産はほしい。
そのためには、私がファルテール伯爵夫人である間に、できる限り権力者の奥様方と有効な関係を築いたり、私名義で事業を始めたりするのも良いかもしれない。
去年の私なら自分で事業をするなんて思いつきもしなかった。でも、一年間、デイヴィスに重要な仕事を任されて必死に勉強をしていたので、今の私なら『私にもできるかもしれない』と思える。
そう考えると、今日の夜会は王宮主催なので、絶好の機会だった。
幸いなことに、デイヴィスとはダンスを踊らないし、デイヴィスは、しばらくすると男友達のところへ行くので、私が私のために使う時間はたくさんある。
まだこちらを見ているデイヴィスに、私は心の底から微笑みかけた。
「今日の夜会、楽しみだわ」
「そう? ならいいけど……」
私たちが夜会会場に入ると「ファルテール伯爵夫妻、ご入場です」と係の者が声を張る。
その声に合わせて、私は淑女らしく礼をとり、デイヴィスは右手を胸に当てると軽く会釈した。
そのあとは、二人で顔なじみの夫婦や友人たちに一通り挨拶し終えると、私はデイヴィスの左腕にかけていた右手を離した。
「ローザ?」
戸惑うデイヴィスに私は微笑む。
「男友達のところに行くんでしょう?」
「あ、いや……」
歯切れの悪いデイヴィスに「いってらっしゃい」と手を振る。
さて、私もお目当ての高位貴族の夫人を探さないと。この前、お茶会に招いてくれた公爵夫人が、とても良くしてくださったから、今日もぜひともご挨拶したい。
「ローザ、待って!」
急にデイヴィスに腕をつかまれた私はとても驚いた。
「な、何?」
デイヴィスは、とても言いにくそうに「久しぶりに踊らない?」と誘ってきた。こういうデイヴィスの気まぐれな言動に、過去の私は振り回され、一喜一憂していたのが懐かしい。
「無理しなくて大丈夫よ」
私がそっとデイヴィスの手を払うと、デイヴィスはまた泣きそうな顔をする。
そこで私はようやく今日のデイヴィスの態度がおかしい理由に思いあたった。
王宮主催の夜会には、国中の貴族が招かれる。そこには、もちろん、私の父であるペレジオ子爵も含まれている。
デイヴィスの提案した『理想の夫婦』は、私たちにとっては最高の関係だけど、外から見れば『妻を大切にしない夫』に見られてしまう可能性も秘めていた。
そのことを理解しているらしいデイヴィスは、私の父の目を気にして、今日は仲睦まじい夫婦を演じたいようだ。
私は背伸びをすると、そっとデイヴィスに顔を近づけた。ハッとなったデイヴィスは、なぜか頬を赤く染める。
「今日は私の父は参加していないわ。だから、無理に仲良さそうにしなくて大丈夫よ。私たちは、いつも通りで良いの」
安心してほしくて優しく微笑みかけると、デイヴィスはなぜか頭を抱えた。
もしかしたら、本当に体調が悪いのかもしれないけど、彼に付きまとうことを禁止されている私にはどうすることもできない。デイヴィスだって、私が具合が悪いときは何もしてくれなかったから、きっと今の彼も何もしてほしくないはず。
私は静かにデイヴィスの側を離れると、きらびやかな世界へと足を一歩踏み出した。
