ばあちゃんからのラブレター
弁当を包むハンカチをそっとほどくと、ため息がもれた。やっぱり今日も入っている。ばあちゃんからの手紙。二つ折りの白い紙が、弁当箱の上にゴムバンドでとめてある。クラスのみんなに見つからないように、こっそりひらいた。
『今日は、とんかつにしましたよ。バレーボールの試合に勝つようにね。がんばれ、がんばれ、けんちゃん!』
僕の中学に給食はない。三年前に母さんを事故で亡くした僕は、毎日ばあちゃんの手作り弁当を渡される。
自分で言うのもなんだけど、反抗期なのだと思う。ばあちゃんと話すのも面倒くさくなって、家であまり口をきかなくなっていた。その頃からかな。弁当に手紙が入るようになったのは。
今日の午後、体育でバレーボールの試合をすること、誰かから聞いたのだろう。僕との話題作りのために、クラスメートの母親とメールのやり取りまで始めたらしいから。そういうのも含めて、なんかいろいろと面倒なんだけど。
「やだあ、何これ? お母さんからのラブレター?」
隣の女子に手紙をさらわれた。
「おい、やめろよ。」
すぐに取り返した。手紙を読まれて言いふらされたらと思うとぞっとする。手紙とか、はっきり言って迷惑なんだよ。
夜、居間でテレビを見ていると、ばあちゃんがエプロンを外しながら近寄ってきた。
「けんちゃん、バレーボール勝った?」
「あ、まあ。」
「やっぱり! とんかつの威力だわ。とんかつにして大正解!」
目尻に、細かな皺をいっぱい寄せて手をたたいている。なんて呑気なんだ。僕の苦労も知らないで。
「弁当、明日要らない。学校で注文する。」
むかついておもわず言ってしまった。
本心は違う。ばあちゃんの弁当は、文句なしに美味しい。定年まで食堂で調理の仕事をしていただけのことはある。要らないのは弁当じゃない。手紙だ。でもどういうわけか、それを言ってはいけない気がしていた。
「あっ、ごめんね。そ、そうだね。じゃあ、はい、これ。お弁当買うお金。」
ばあちゃんが渡してくれた五百円玉は、薄っぺらく感じた。
あくる日、学校でサンドイッチを注文した。パサパサして美味しくなかった。パサパサしていたのはパン生地だったのか、僕の心の中だったのか。
ばあちゃんに、昼ごはんが美味しかったか聞かれたらなんて言おう。答えが出ないまま家に着くと、玄関に鍵がかかっていた。いつもばあちゃんがいるから、僕が鍵を開けることはないのに。植木鉢の下に隠してある鍵で家に入ると、暗くしんとしていた。電話機の留守電ボタンが赤く点滅している。押してみると、父さんだった。
「ばあさんが倒れて、東山病院に運ばれた。保険証を持ってきてほしい。ばあさんの朱塗りの引き出しの一番上の中にある。」
心臓がドカドカと体の中で暴れ始めた。
ばあちゃん、大丈夫か? どうしよう。
細かく震える手で引き出しを開けた。
これは? 見慣れた白い紙に書かれた文字。
『けんちゃん、今日のデザートは、いよかんです。英語のテスト、うまくいきますように。ほら、いいよかんがしてきたでしょ?』
今日の弁当に入れてくれるはずだった手紙だ。僕が昨夜、あんなこと言う前から書いてあったということか。見まわすと、戸棚の上に伊予柑が。オレンジ色でつやつやしていて、果物かごから溢れそうだ。引き出しからは、他にもいくつかメモが出てきた。
・二月七日 体育館で演劇鑑賞会
・二月十日 音楽 リコーダーのテスト
・二月十三日 家庭科調理実習(生姜焼き)
ばあちゃん……。
手紙とメモを引き出しに戻して保険証を握り締めた。自転車をこぐ足に力が入る。会ってちゃんと言おう。早くよくなってよ。やっぱり弁当作ってよ。手紙付きでいいから。
病室のドアを開けると、ばあちゃんがベッドに寝ていた。
「あら、けんちゃん。心配させてごめんね。でも大丈夫。貧血に毛が生えたようなものだって。」
思ったより元気そうでほっとした。
「あの……、昼、サンドイッチ食べたんだけど、イマイチだった。」
これだけ言うのが精一杯だった。
「じゃあ、早く退院しなきゃね。」
ばあちゃんが、にっこり笑った。