社会人として必要な「聞く力・話す力」の高め方 序章03
3、トツトツと話しても話し上手な人はいる
立て板に水のように話す人が話し上手だと思っている方が多いと思います。もちろん、次から次に言葉が発せられ、適切な話題が整理され展開されていく話にはつい引き込まれてしまいます。立て板に水のように話す話し上手がいることが確かです。
しかし、言葉は次から次に出てくるのですが、内容のない話だったらどうでしょう。聞かされているほうはすぐに飽きてしまって「早く終わってくれないかな」と思うでしょう。ペラペラ内容の無いことを話す人は決して話し上手ではないのです。
良県桜井市で刀鍛冶をされていた人間国宝の月山貞一さん(平成七年没)にインタビューしたときのことです。
お宅の居間で打ち合わせをしていた時は、とても寡黙な方で、私が色々な角度からおたずねしても、わずかに微笑むだけで多くを語ってくれません。インタビューする私としてはうまくいくのかしらと大変不安な気持ちになりました。
日本刀を作る工房で収録を始めても、それは変わりませんでした。燃えさかる火の中から鉄のかを出してじっと見入って、再びかたまりを火に入れます。私が「何がダメなのですか」とたずねると、一言「色」とだけ答えるのです。もう一度火から出して再び戻したところで同じ質問をしました。答えは「焼き」だけでした。30分ほど収録をしましたが、寡黙であることに変わりはありませんでした。
収録し直す前に映像を見てみました。カメラマンは、月山さんが火に見入る眼、節くれ立った指、70歳を超えた人とは思えない腕の筋肉をアップでとらえてくれていたのです。そのような映像が、言葉では言い表せないものを表現していました。
そして、その映像の中で月山さんの一言を聞くと、一つの道を貫いて生きてきた人の重さが伝わってくるのです。
いくら言葉を駆使しても言い表せないものが、見事に表現されていました。若干の編集をして放送しましたが、大変評判のいいものでした。視聴者の皆さんも同じ感動を持ってくれたのです。
25年前の経験ですが、月山さんのような人も話上手なのだと思うようになりました。それ以来、多くを語ることはないが人の胸を打つ内容の濃い話ができる何人もの話上手な人にお会いすることができました。
トツトツと話したら、言葉を選びながらゆっくり話したりしても、内容が豊富な話ができれば、その人は話上手なのです。