20あなたの愛が正しいわ~
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20 がまんしてはいけない
前触れもなくグラジオラス公爵家を訪れた私を、夫人のマチルダは驚きながらもこころよく受け入れてくれた。
「いらっしゃい。どうしたの、ローザ」
「マチルダ様、ご無礼をお許しください」
私が頭を下げると、マチルダは「いいのよ、何かよほどの事情があってのことでしょう。あなたの人柄はよくわかっているわ」と来客用の部屋に通してくれる。
メイドがお茶を運び終わると、マチルダはメイドに部屋から出ていくように伝えた。
「それで、いったいどうしたの?」
二人きりになった室内で、マチルダは私の言葉を待っている。
「実は、アイリス様の婚約者リンデン様の良くない話を耳にしました」
「リンデンの?」
「私の夫が出資している店で、『俺は未来の公爵だ』と名乗り、金にものをいわせて無茶苦茶なことをしているらしいです」
マチルダは眉をしかめた。
「アイリス様が落ち込まれている理由は、リンデン様ではないでしょうか?」
「まさか……。でも、あなたがウソをつくとは思えないわ」
私は、『この話を信じてもらえなくても仕方がない。何を言われても信じてもらえるまで頑張ろう』と思っていたので、マチルダの言葉に胸が熱くなる。
「ありがとうございます。よければ、アイリス様に直接お話をおうかがいしたいのですが?」
「そうね、真実がどうであれ、リンデンにおかしなウワサがたっているのをそのままにはしておけないわ」
マチルダがベルを鳴らすと、すぐにメイドが部屋に入ってきた。
「アイリスを呼んでちょうだい」
「はい、奥様」
しばらくして、姿を現したアイリスは、やはり暗い顔をしている。
「ローザ夫人、ごきげんよう。お母様、なんのご用でしょうか?」
マチルダは、ちらりと私を見てからアイリスに優しく語りかけた。
「アイリス、あなたの婚約者のことだけど……」
婚約者という言葉を聞いて、アイリスの顔が強張る。
「リンデンに、良くないウワサがたっているようなの。あなたは何か知らないかしら?」
アイリスは、ぎゅっと両手を握りしめると、今にも消えてしまいそうな声で「……知りません」と答えた。
アイリスの思いつめた顔を見ると、『優しい夫』の幻想を追いかけていたころの自分と重なり苦しくなる。
「マチルダ様、アイリス様。ご無礼をお許しください」
私はアイリスの手を両手で優しく包み込んだ。
「アイリス様。リンデン様のことで、何かあったのですね? あなたから笑顔を奪ってしまうくらいの重大な何かが」
「……いいえ、何も。本当に何もないのです」
視線をそらすアイリスの顔は苦しそうだ。
「アイリス様。現実から目をそむけると、その先に待っているのは地獄ですよ」
ビクッとアイリスの身体が震えた。
「今、向き合わないと、その苦しみが一生つづくのです」
小刻みに震えるアイリスの瞳に涙がにじむ。
「アイリス様、がまんしてはいけません」
「でも、リンデンは優しいのです。私には、とても良くしてくれるのです」
「では、どうしてアイリス様は、そんなにも苦しそうなのですか?」
また口を閉ざしてしまったアイリスに、私は優しく語りかけた。
「アイリス様……。こう考えてみるのはどうでしょうか? 苦しんでいるあなたと、あなたを苦しませているリンデン様との間に、いつか生まれるお子さんは……幸せになれますか?」
アイリスの瞳から涙があふれた。
「そう、ですね……そのような家族は、幸せではありませんね。わかりました。すべてお話しします」
涙をハンカチでぬぐったアイリスは、覚悟を決めたようで落ち着いていた。

