小袖与现在的着物的不同(二、振袖·留袖)
小袖と現在の着物の違い(振袖・留袖)

以出云国为代表的游艺女性们,为了装扮华丽,孩子的着物(和服)肋处悬空有小幅摆动,所以从那孩子的着物得到启发,开始穿着振袖的小袖。
那扩展到一般情况,女孩的晴着(正装)变为振袖。
出雲のお国に代表される遊芸の女性たちは、華やかに装うために、子供の着物には脇が空いて小さな振りがありましたので、その子供の着物にヒントを得て振袖の小袖を着るようになりました。
それが一般にも広がっていって娘の晴れ着は振袖になっていきます。
振袖在万治时期(1658~1661年)有一尺五寸,所以从现在的感觉来看的话短。
振袖は万治頃(1658〜1661年)には一尺五寸とありますので、現在の感覚からすれば短いものでした。


之后随着时代的推移,袖丈变长,贞享时期(1684~1688年)2尺,享保时期(1716~1736年)是二尺四~五寸(90~95cm),文化文政期以后是三尺(113cm)左右的袖丈。
その後時代の推移とともに袖丈が長くなり、貞享の頃(1684〜1688年)2尺、享保の頃(1716〜1736年)には二尺四〜五寸(90〜95cm)、文化文政期以降は三尺(113cm)くらいの袖丈になります。






振袖有中振袖和本振袖。江户时代后期是富裕的町人、上级武家和公家的女儿平时也穿着振袖。那种振袖是中振袖。以前富裕层作为花嫁(新娘)衣裳穿着振袖。因此区别礼装用的振袖和通常(平时)穿着的振袖,礼装用是穿着本振袖,其他穿着的是中振。
振袖には中振袖と本振袖があります。江戸時代後期には富裕な町人や上級の武家や公家の娘は普段でも振袖を着用していました。その振袖は中振袖です。昔富裕層は花嫁衣裳として振袖を着用していました。そこで礼装用の振袖と通常に着る振袖は区別しており、礼装用は本振袖を着用し、その他は中振を着用していました。
中振袖如名袖丈是比本振袖袖丈短。本振袖和中振袖本来是根据袖丈的长度来明确区别的,但是现在是本振袖和中振袖袖丈没有区别。
中振袖は名のごとく袖丈は本振袖よりも袖丈は短いものでした。本振袖と中振袖は本来は袖丈の長さで明確に区別していたのですが、現在は本振袖も中振袖も袖丈は区別がなくなりました。
富裕阶层的女儿们平时也穿着振袖,以前是结婚的话习惯缝制留袖。因为那种习惯,振袖被认为是夫人的礼装。
富裕な階層の娘たちは普段も振袖を着用していましたが、昔は結婚をすれば留袖仕立てにするのが習わしでした。そういう習わしから振袖はミスの礼装とされています。
留袖本来是没有摆动的着物的意思。
看图片的话,除振袖以外的模特都穿着留袖小袖。
留袖というのは本来は振りのない着物という意味なのです。
画像を見れば振袖以外のモデルは留袖の小袖を着ています。
*仅供参考
文、图bing
https://kitukemeijin.hatenadiary.org/entry/20130529/1369789359
小袖と現在の着物の違い(振袖・留袖)
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