プロローグ/*あまいゆきの基礎知識*/
愛称・ゆりちゃんのもう一つの顔

天海祐希 本名 中野祐里 愛称 ゆりちゃん
1967年(昭和42年)8月8日、東京生まれ。
上野で建築業を営む父と、父方の祖母から美容院を引き継いだ母との間に生まれた。
(喜欢天海祐希的米娜桑,这烂熟的一段就不翻了)
2歳年上の兄と、七歳年下の弟に挟まれた少女時代はプロレスごっこが大好きなおてんば娘だった。
因为夹在大两岁的哥哥和小七岁的弟弟中间,少女时代是个喜欢玩摔跤游戏的(假小子)野丫头。
おてんば娘 :野丫头 假小子 火药女孩
中学生になった頃から身長が伸び始め、「これ以上背が伸びないように」頭の上に重いものを載せて歩いたりと思いしたいとう"身長コンプレックス"の持ち主だった。
祐里,从中学生时代,身高开始疯长,因为“不想再长高了”,所以在头上顶着沉重的东西走路,有“身高自卑感”的人。
"部員が足りない!"と、泣きつかれて入部した御徒町中学の演劇部。すでに170センチ近かった身長にために、文化祭では女だらけの演劇部で、男役(スパイ役の主役)を演じさせられた。
“部员不够!”她😂着加入了御徒町中学的戏剧部。因为已经要170cm的身高,在那到处都是女生的话剧部,文化祭时则被安排扮演男役(是一个间谍的角色做主役)。
この当時から、なぜか男子生徒には相手にされず、女子生徒からラプレターをもらいうようになる。
从那时起,不知道为什么,男生演员们都不会把祐里当作相手,反而从女生那里得到了love letter。
中学2年生のときの担任の先生に、
「宝塚に行きなさいよ」
と言われたことがきっかけで、なんとなく宝塚を意識するようになつた。
高中二年级时的班主任说,“去宝塚吧”,以此为契机,开始意识到“宝塚”的存在。
ちょうどその頃、テレビで見た『ウェストサイドストーリー』に感動し、主役のトニー(リチャード·ベイマー)が歌う『マリア』を歌ってみたいー"と思ったというから、天性の男役の才能は、すでに花開いていたのかもしれない。
正好那个时候,在电视上看了《西区故事》,非常感动,想唱主角托尼(理查德·贝莫饰)唱的《玛利亚》。从这一点看,饰演男角色的天赋,也许已经初具锋芒了。(我这里乱翻译的,原文已经开花了,emm意会意会)
そして、親に内緒で受けた映画のオーディションの最終審査に残り、全国大会出場を目前にするが、両親の反対であえなく辞退。これを機に、宝塚行きを決意する。
然后,瞒着父母通过了电影试镜的最终审查,全国大会出场在即,不得不因为父母的反对而推辞。以此为契机,下定了进宝塚的决心。
宝塚を受験するために、宝塚歌劇団の講師でもある大滝愛子先生のもとで、宝塚受験のためのレッスンを受け続ける。のちに高校2年終了時に宝塚を受験する日がくるまで、雨が降ろうと雪が降ろうとレッスンを休んだ日は1日もなかった。
为了宝塚的考试,在宝塚歌剧团的讲师大泷爱子老师的指导下,坚持每天上关于宝塚考试的课。直到报考宝塚的那一天,也就是高中二年级结束前,无论雨雪,均无一日闲。
高校1年の冬に、資生堂のPR紙『花椿』の表紙モデルにスカウトされ、モデル·デビユーも果たす。宝塚引退後の初CMが『資生堂』であるのも何かの因縁かもしれない。
高中一年级的冬天,被资生堂的宣传杂志《花椿》发掘,成为封面模特。宝塚退团后的第一支广告就是《资生堂》,或许也有某种缘分吧。
题外话之谚语积累:花開いて風雨多し(はなひらいてふううおおし)
感觉翻译成中文大白话:风雨压不垮,苦难中开花。

这些都不是Amami本人写的,所以呢,是第三人称!而我总是把文章搞成第一人称,有些描述就很拉胯…
最后,
祝 Amami生日快乐!


