スーパー・ササダンゴ・マシン"流行"を考える〈ポップカルチャ

スーパー・ササダンゴ・マシン"流行"を考える〈ポップカルチャー生涯学習〉
『HiGH&LOW THE WORST X』監督・平沼紀久vsプロレスラー「負けたほうがオイシイんです」
2022/09/22 12:00
文=
スーパー・ササダンゴ・マシン(マッスル坂井)
写真=石田寛(以下同)
K-POP、2.5次元、タピオカ、韓国ドラマ…etc.「流行る」カルチャーには理由がある! DDTプロレスリングのレスラー兼タレント兼新潟県の金型工場「坂井精機」代表取締社長のスーパー・ササダンゴ・マシンが、世の中の流行を眺めながらプロレスとDDTの未来を考える連載。
今回は特別編として、公開中の映画『HiGH&LOW THE WORST X』で監督を務める平沼紀久氏をお招きして、大人気「ハイロー」シリーズをさまざまな視点から語り合います。
後編はこちら↓ 第3巻 イントロ命なハイロー曲、そこに宿るプロレス魂の回 ※映画『HiGH&LOW THE WORST X』のネタバレを含みます。 スーパー・ササダンゴ・マシン(以下、ササ) 「HiGH&LOW」シリーズ、ほぼ全作観させていただきました。以前から「観なきゃ」と思っていたんですが、いざ観始めたら……もう、面白くて止まらなくて。 平沼紀久氏(以下、平沼) そんなにですか! ありがとうございます。 ササ 2週間で一気観してしまいました。『HiGH&LOW THE WORST X』(以下、『X』)も超面白かったです。今や『クローズ』の世界とクロスオーバーしているなんてまったく知らなくて、「いつの間にこんな面白いことやってるんだ、プロレス業界も混ぜてくれよ!」と思いました(笑)。最初のドラマシリーズは放送中に何回か観たことがあったんですよ。ドラマ自体が格闘技の煽りVみたいなつくりで、最初から壮大な世界を描こうとしているじゃないですか。当時から「すごいな」と思っていました。 平沼 HIROさんもプロレス大好きなんで、その要素はめちゃくちゃ入ってるんです。コブラなんかまさにそうなんですけど。 ササ ジャーマン・スープレックスしてましたもんね。テレビドラマでは、なかなかやらないですよ、危ないですし。
平沼紀久(ひらぬま・のりひさ)1976年10月21日生まれ、神奈川県出身。2000年に俳優デビュー。劇団の立ち上げなどを経て、18年『DTC -湯けむり純情篇- from HiGH&LOW』で映画監督デビュー。 平沼 プロレスって入場曲が絶対あるじゃないですか。「HiGH&LOW」でチームにテーマ曲があるのは、そこを意識してるんです。曲が鳴って、それぞれのチームが登場してくるという。 ササ やっぱりそこは意識されてたんですね! それがすごく観やすかったんですよ。曲が鳴り出してから地平線の向こうにシルエットが見えてくるっていう順番じゃないですか。そこで出てくるのがローライダーの達磨一家なのかダンプカーの鬼邪高校なのか、音楽によってすでにわかった上でテンションを上げられるんですよね。 平沼 だからイントロ命なんです。イントロでブワッと上がる要素を入れることにはこだわってますね。どのタイミングでイントロをかけるのが一番かっこいいか、みんなで毎回頭をひねってます。今回の『X』だと鈴蘭のテーマ(「We never die」BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBE)で苦戦したんですけど、結果としてすごくいいイントロができました。
ササ 僕、「JUMP AROUND ∞」(鬼邪高校のテーマ)の原曲(House Of Painの楽曲)がめちゃくちゃ世代なんですよ。観ながら「ここでこう流れるか!」って大喜びしちゃいました。 平沼 我々、ほぼ同い歳ですよね。あれは僕らの世代だと、クラブでみんなでぶつかりあってケンカして盛り上がってた曲ですよ。 ササ なにせビタッとハマっていて最高でした。平沼さんは『X』では監督を務められてますよね。今日はせっかくの機会なので、演出についても聞かせてください。すごくプロレス的な見方になるんですけど、「HiGH&LOW」は毎回ホリプロとかスターダストとか、いろんな事務所の俳優さんが出てるじゃないですか。若手のエース格の方々が事務所の看板背負ってやってきて、それをLDHの方々が迎え撃つ格好になってるわけで、現場は実際どういう感じなんですか? 平沼 うーん、そうですね、俳優さんは事務所だとかそういう考え方はあんまりないんで、全然ギクシャクしたりはしないです。「俺はしっかり演技でこの空間を埋めないといけないんだ」って使命を持って来てくれて、そこでしっかりと芝居をつくってくれる。一方、アーティストでもある人たちはMV慣れしてるんですよね。だから「この角度でこう見せるのが一番かっこいい」というのがわかっていて、ケレン味のあるカットは俳優よりもうまかったりする。それぞれ考え方がちょっと違って、そういうところを含めてみんなが切磋琢磨してました。 NCT YUTAから滲み出る芝居を超えた“本物”
ササ なかには芝居経験ゼロの方もいるわけですよね。 平沼 今回でいうと、NCTのYUTAくんは初演技でした。だからどうやって演出しようか、あんまりセリフで語らせないで表情だけでいくのもありかなとか、脚本の段階からいろいろ考えましたね。本人のMVもたくさん観て。 ササ MVを観て演出プランを練ることもあるんですね。 平沼 ありますね。そこから「こういう表情が得意なんだな」とか「この雰囲気だとこんな表情になるのか、じゃあ一言言った後こういう流れにしたらどうなるかな」とか考えて。 ササ K-POPはそんなに詳しくないんですけど、韓国の男性グループアイドルは人数が多いこともあって、MVの1カットにかける表情のキメ方がえげつないですよね。最近「表情管理」って言葉を学びました(笑)。 平沼 そうなんです。それにYUTAくんは、16歳で韓国に単身渡って努力してあのポジションをつかみとってるんですよね。本人は言わないけれど、そこに至るまでにはもちろんつらいこともあったと思う。そういう感情や経験は本人の体にしみついているものなので、そこが演技にプラスになるような役の設定を少し足してみようかと考えたりしました。本人から出てくるものがあると“本物”になるんですよね。 ──ササダンゴさんが「俳優がそれぞれ事務所を背負ってくる」という意識で観たのは、プロレスの団体交流戦みたいなイメージでとらえたんですか? ササ そうです。そんなことってなかなかないじゃないですか。しかもそこで勝ち負けをつけるわけでしょう。大変な交渉があったんだろうな……と想像してしまいました。オファーの段階で、「最後は殴られて負けてしまうんですけれども」みたいなところまで説明していかないといけないわけですよね。 平沼 でも、勝った人よりも負けた人のほうがおいしくなる設定を必ず書いてるんですよ。やっぱり、観てる方も負けた人にフォーカスが行くじゃないですか。熱闘甲子園です。 ──それもすごくプロレスっぽいですね。 ササ そうそう。「THE WORST」シリーズはそこも面白くて。「THE MOVIE」シリーズだと、琥珀さんという絶対王者がいるじゃないですか。演じているAKIRAさんは今のEXILEの男臭さの象徴というか現場監督、つまり長州力ですよ。さらにその下の新世代としてコブラ選手が……「コブラ選手」と勝手に言ってますけど(笑)、コブラ選手は直接琥珀さんの薫陶を受けていて、こちらも最終的には負けちゃいけない立場だと思うんです。一方、前作の『HiGH&LOW THE WORST』では、ラストで楓士雄が佐智雄に負けている。負けられる人が主人公になったことで、相関図でいうところの矢印がみんなから強く向いていることをより強く感じました。 ──たしかに、『X』は全部の矢印が濃く太くなっていると思いました。楓士雄と司、楓士雄と轟、司と轟、轟と小田島などなど、1対1の関係性の描き方も深くなっていますよね。 平沼 そうですね。今回、轟のポジションですごい悩んだんです。誰とも群れずに過ごしてきた男が、仲間を得たときにどうなっていくのか。前作で村山から「お前が持ってないものをあいつは持ってる」と言われた通り、自分にまったくないものを持ってる楓士雄がいて、それを得るために今までやってこなかったことをして成長しようとする轟を描きたいなと。そうなると、楓士雄のすぐそばにいる司とのバランスをどうとるのかが問われるんですよね。 ──なるほど、「どっちがナンバー2?」みたいな話になってきてしまいかねない。 平沼 楓士雄と轟のどっちがテッペンなのか決める戦いを描くべきかなとも思ったんですけど、そんなことで上下を決めるんじゃなくて、もっと違う、2人の中でしかないような立ち位置みたいなものをつくりたくて。 ササ 結果、そこの直接対決はなかったですもんね。 平沼 『X』のテーマのひとつとして、それぞれ看板背負って戦ってるけど誰一人として肩書では戦ってないことを描きたかったんです。ナンバー2だとか頭だとか、本当はそういうことじゃないんですよね。楓士雄は「頭」と言われるけど、だからって自分がいちばん偉いなんて思ってなくて、本当はみんな一緒だと思ってる。そこが最終的に三校連合との比較になっていくんです。“本物”の連合と“偽り”の連合があって、本物の連合のほうに鳳仙と鈴蘭がいる。そういう図式をつくりたくて、そのために関係性を濃くしていったところはあります。 ──だから学校の壁を越えて小田島と轟がつるんでいることも描かれたり。 平沼 そうです、そうです。 ササ あそこが釣り仲間っていうのはズルいですよねぇ。小田島は、柔道場でのスパーリングもいろいろインパクトがありましたよ。あのシーンには一体どんな意図が……? 平沼 あのシーンの目的としては、彼らはちゃんと稽古しているから強いんだってところを描きたかったんですよ。体がデカいからとか身体能力が高いからとかじゃなくて、日々鍛錬してるんだ、と。だからクライマックスのバトルで、小田島が柔道技を使ってるシーンもあるんですよ。 ササ 実戦を想定してるから、道着とかラッシュガードじゃなくて、裸と制服なんですね! ああいうのはまさに平沼監督がLDH所属の俳優さんだから書ける台本、撮れる場面なんだろうなって思ったんですよ。 平沼 そんなことないですよ! あれは、本人発信ですよ(笑)。鍛えたら見せたいのは当たり前じゃないですか! ササ いや、先輩の立場じゃなかったら「これやって」って言えないですよ! 平沼 そうなのかな……でも、もしかしたらそういう面はあるかもしれないですね。鍛えて来るでしょ的な。 ──ササダンゴさんが「まっする」でやってることと一緒だと? ササ そう、「わかるな」って(笑)。それと、『X』でひとつ気になったのが、今作は女性キャラが一切出てこないですよね。今って、フィクションの中でもジェンダーバランスを意識するようになってきているじゃないですか。ここは結構思い切ったところなんでしょうか。 平沼 そこまで思い切ったつもりはなくて、拳だけの話にもっと集中するにはそのほうがいいだろうという考えでした。SWORD世代を一切出さないことにしたのも同じ理由です。 ササ たしかに『X』ではまったく登場しないですね。 平沼 高校生の話に完全に振り切るには、上の世代の存在を少しでも匂わせないほうがいいな、と。一瞬でも出てきたら、どうしてもそっちも観たくなるじゃないですか。SWORDに関して、HIROさんとこの先にやろうとしていることもあるんです。だからまずは『X』を観ていただいて「THE WORST」の世界を満喫してもらった後に、次に打つ手を見てほしくて。SWORD世代から「THE WORST」へ世代交代したのかと言われることがあるんですが、僕らとしては世代交代のつもりはないんですよ。あくまですべては地続きだから。その先を見せるためにはどんな形がいちばんいいのか、ずっと話し合っています。 ササ この先もめちゃくちゃ楽しみになる話ですねぇ……! (インタビュー・構成=斎藤岬/写真=石田寛) 後編はコチラ