女性作为喜剧演员无法夺取天下的理由 《 <松本>的<遗书>》节选
打喷喷匹配时间太长,看了看最近买的《松本》和《遗书》放在一册的文库本。
这一段觉得挺有意思的就翻译了一下。
本文仅代表书本发行时(1997)松本人志的观点。若翻译有误欢迎指出,下附原文。
译文:
女性作为喜剧演员无法夺取天下的理由
之前写过一次“有趣的家伙的条件”。其中有一条是“喜欢女色”。关于这个,来了好几封抗议信,内容是“如果喜欢女色的人适合做喜剧演员、作家的话,作为女人的我就不行吗?”。
原来如此,虽然也有喜欢女色的女人,但是意思有点不一样。
那么意思就是,女人就不适合做喜剧演员了吗?这个问题的答案可以明确地回答是YES。写出这种话也许会被人说“这是歧视女性!”,但事实如此,也没办法反驳。
只是,不是说不行或者没可能,只是说不适合。跟至今为止一样,今后女性喜剧演员也绝对不可能夺取天下(不过,估计也没多少女性想靠喜剧演员这条路来夺取天下)。
我再次声明,这不是歧视女性。倒不如说,像我这么不歧视女性的家伙也是很少见的。比如说,不论是男性还是女性,长得丑的人,我都说他丑,长得胖的人,不论男女我都说他是胖子。我是完全平等地看待的。女性不适合当喜剧演员,没错,就像宿命一样。比如说,即使她们穿着紧身衣来表演短剧,单单是胸部鼓起,眼睛就会不自觉地看过去,从而分了心导致笑不出来。男性可以露出(敏感)来博取笑声,但是如果女性露出(敏感),或许有(敏感)起立的人,但是不会有笑的人。到头来有必须隐藏的东西,有需要守护的东西,这是不管怎么说都缺乏说服力吧(就跟戴着假发的政治家一样)。
可能话题有点跑偏了,但是在看“直播电视到早上”的时候,不管女性评论员说了多好的评论,如果她戴着耳环、胸针、还化了妆的话,就觉得没意思了,会这样想的只有我吗?我会觉得她,即使说了很了不起的东西,到头来还不是会在意男人的眼光。
看柔道时也是如此。可以感受到男生的拼命,但是总会在意女生穿在道服下面的T恤。我就觉得这根本没有百分之百地投入柔道嘛,肯定有百分之几在担心自己走光吧(虽然这个可能只有我这么想)。
总结下来,对于既不会羞耻也不在意风言风语,这样把自己暴露在外的搞笑艺人来说,身心都不能成为赤裸的“女人”是非常不利的,让步的要素过于多,因此才不适合当喜剧演员吧。
如果想以女性的身份夺取天下的话,不化妆、不恋爱,结婚就不用说了,还要抱着连怀孕、生子也放弃了的觉悟,比如生理期来时也要置之脑后的觉悟,如果不这样是不可能战胜男人的。至少,在这个世界是这样的。
原文:
女がコメディアンとして天下をとれない理由
前に一度、「おもしろい奴の条件」というのを書いた。その中に“女好きである”というのがあった。そのことについて、抗議の手紙が何通か来た。「女好きの奴が、コメディアン・作家に向いているのだとしたら、女の私はダメなのか?」というような内容であった。
なるほど、女好きの女というのもいるにはいるが、ちょっと意味が違う。
それでは、女はコメディアンには向いてないのか?ということになるが、その答えは、ハッキリ言ってYESである。こんなころを書くと、「女性差別だ!」と言われるかもしれないが、そうなのだから仕方がない。
ただ、ダメだとか、無理だと言っているワケではなく、向いていないと言ってるのだ。いままでがそうであったように、女のコメディアンが天下を取ることは、今後も絶対にありえないのだ(まぁ、コメディアンで天下を取ってやろうと思っている女もそういないだろうが)。
もう一度書いておくが、これは、女性差別ではない。むしろ、オレほど女性差別をしない奴もめずらしい。たとえば、男だろうが。女だろうが、ブサイクな奴には、ブサイクと言うし、太っている者は、男女問わずデブと言ってあげている。ちゃんと同じように扱っているのだ。女がコメディアンに向いていないのは。そう、宿命のようなものなのだ。たとえば、全身タイツでコントをやるにしても、胸がふくれているだけで、目がそっちにいってしまい気が散って笑えない。男はチンコを出して笑いを取れるが、女が(ピー)を出したら、立つ奴はいても、笑う奴はいない。最終的に隠さないといけない物があったり、守るものがあるというのは、何せよ説得力に欠けるのではないだろうか(ツラをつけている政治家も同じことが言える)。
少し話がズレるかもしれないが、「朝まで生テレビ」を見ていて、女のコメンテーターがいくらいいことを言っていても、イヤリングやブローチ、化粧っをしていると、なんか覚めてしまうのはオレだけなのだろうか?エラッそうなことを言ったところで、しょせん男を意識しとるがなと思ってしまうのだ。
柔道などを見ていてもそうだ。男子は一生懸命さが感じられるものの、女子の道着の下に着ているTシャツがどうも気になってしまう。一〇〇パーセント柔道に打ち込んでないやん、何パーセントかチチ見えたら困るという気持ちあるんやん、と思ってしまう(まぁこれはオレだけやろうけど)。
結論に入るが、恥も外聞もなく、自分をさらけ出してなんぼのお笑い芸人にとって、身も心もスッパダカになれない“女”というものは非常に不利であり、ハンディがあまりにも多く、向いていないのではないだろうか。
もし、女で天下を取ってやろうと思うのなら、化粧もせず、恋愛もせず、結婚はもちろん妊娠、出産もあきらめるくらいの気持ちで、それこそ生理がきてもほっとくくらいの気持ちでかからないと、男には勝てないのだ。少なくとも、この世界では。