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「ことだ」和「ものだ」语法必考要点

2022-05-07 20:49 作者:长沙帝爱日语教学课堂  | 我要投稿

下面先分别来看看「こと」和「もの」的常用用法:

こと

  ことか多么啊!

  前面常会出现どんなに/なんと

  この間、どんなに会いたかったことか。

  这段时间我是多么想见你啊!

ことから因为(强调)

  人と人とのコミュニケーションをはかることから、お互いの信頼関係が築かれる。要寻求人与人之间的交流,才能建立彼此信赖的关系。

ことだ应该

  自分に同情するな自分に同情するのは下劣な人间のやることだ。不要同情自己,同情自己,是卑鄙之人的所为。

人+ことだから正因为(某人)才

  時間に正確な彼女のことだから、もうすぐ来ますよ。因为她一贯都很守时,所以很快就会赶到的。

  ことなく不…就…=ないで=ずに

  何も理解することなく、できるわけがないだろ。什么都不理解就不能做到吧。

ことに令人…的是

  うれしいことに、十年ぶりの友にあった。令人高兴的是遇到了十年不见的朋友。

  ことになっている规定

  日本では車は左側を走ることになっている。日本规定车辆靠左行驶。

ことはない不必,不曾

  动词原形直接加,一般表示没必要做某事,偶尔也会表示“不会”;た型+ことはない表示“不曾”

  行くことはない。不必去。

  行ったことはない。不曾去到。

  雨が降ることはない。不会下雨。

もの

  ものか=もんか怎么能?!(反问)

  どこにこのような人がいるものか。哪儿有这样的人呢?!

  ものがある有值得…的方面,确实

  この絵には、評判するものがある。这幅画确实有值得评价的地方。

ものだ感叹,常理

  時の流れは早すぎものだわ。时光流逝的太快了。

  日が東の方から昇るものです。太阳从东方升起。

ものだから正因为(辩解)

  あまり悲しかったものだか、泣いてしまった。正因为太悲伤才哭泣。

  ものではない=べきではない不该

  兄だから、弟を虐めるものではない。哥哥不应该欺负弟弟。

ものなら如果能

  行けるものなら行きたいんですが。如果能去的话,真想去。

ものの=が虽然但是

  免許はとったものの、車が買えない。虽然拿了驾照但没买车。

  总结

表示感叹:「ことだ」和「ものだ」在表示感叹时,两者都可使用。但是用「ものだ」的形式,表示一般意义上的感叹,此时一般不能用「ことだ」代替。而「ことだ」则表示就事论事的感叹,一般用句型“なんと(或なんて、どんなに)……ことだろう(或ことか)”此时也一般不能用「ものだ」代替。

  例一:赤ちゃんは可愛いものだ(×ことだ)ねえ(婴儿啊,那真可爱)。表示对所有婴儿而言;この赤ちゃんはなんと可愛いことだ(×ものだ)、まるでお人形さんみたい。(这婴儿多可爱啊,就好象布娃娃似的),是就事论事的感叹,就对眼前的婴儿而言是可爱的。

表示忠告:在表示忠告时两者都可用,意思差不多,都可译为“应该……”,但用法有区别。「ものだ」表示社会道德常识,人人都应该遵守的规范,表示大道理;而「ことだ」则表示就事论事,不属于大道理。

  例二:先生に会ったら、挨拶をするものだ(×ことだ)。(见到老师你应该打招呼。)对所有老师都应这样,属于礼貌常识,应该做的;張先生に会ったら、挨拶をすることだ(×ものだ)。(见到张老师你应该打招呼。)打招呼只适用于张老师,对其他老师可以不用打,表示就事论事。

表示一般认同:「ものだ」可以表示人们的一般认同,译为“总是……,难免……,本来就是……”,但是「ことだ」没有这种用法。

  例三:良薬は口に苦いものだ。良药苦口

  人間は死ぬものだ。总是要死的。

  表示对往事的缅怀、回忆:「ものだ」接在动词过去时后,表示对往事的缅怀、回忆,而「ことだ」没有这种用法。

  例四:子どもの時、よくこの川で泳いだものだ(×ことだ)。小时候,我经常在这条河里游泳来着。

表示强烈的愿望:「ものだ」接在愿望助词「たい、ほしい」后表示强烈的愿望,「ことだ」没有该用法。

  例五:小さい時に戻りたいものだ(×ことだ)。真想回到小时候。

  弄清楚「ことだ」和「ものだ」相同意思的不同用法及「ものだ」独有的用法之后,同学们在遇到两者同时出现时就不会感到头疼了。


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