(歌词翻译)西憂花—分水


本文为歌曲『分水』的翻译,歌曲的作曲作词均为西憂花,
翻译歌词时辅助工具:沪江小d日语词典,新明解日汉词典,百度翻译
由于译者的能力很有限,若有误译,敬请斧正,另外为了歌词上的连贯和符合歌唱时的语气,
对歌词有部分顺序改动和语气词的添加,敬请谅解
请尽量使用电脑查看以获得最佳观看体验 (:D :)

提醒:本歌词与背景故事息息相关,若希望更好地理解歌词,请先移步至后记

昔の夢をみたんだ
见到了往昔的梦景
色付いた街の中君が笑ってた
在斑斓璀璨的大街中你在笑着啊
目が覚めた瞬間
睁开眼的瞬间
僕の目から零れ落ちた
从我的双眼零落下来的
涙の理由を探してる
这泪水的缘由我仍在探寻
形骸化してるお祈り言葉も
形骸化的祈祷的话语
もはや清々しいな、白々しいな
如今澄澈清爽、不留痕迹
喜べない運命も
高兴不起来的命运
薄明の淵で浅く眠る今日も
以及在黎明的深渊中浅睡着的今天
終わりにしたいの
都想就这么画上句号啊
アップデート不可能
不能更进一步的
盲信者の大人たちよ
盲目信从的大人们
期待しないでよ
不能指望啊
僕はまだ掴めてないんだ
我还没有完全领悟到
誰を何を信じるべきか
该相信谁和什么事呢
生き急げ!
快点活下去!
終末だって運命だって 呪っていないで
哪怕是终末,哪怕是命运,不要诅咒我啊
震える手で 引き金引くんだ 煤けたままの電撃銃
用颤抖的手 被扣下扳机的 烟气熏绕的电击枪
砂を蹴って世界に立って
踏遍了砂石,驻足于世界
探し求めた果ての分水嶺に
在探求到的结果的分水岭中
見えるもの全部信じたい
想把见到的东西都这样相信啊
靄がかかった記憶の中にある
被雾霭遮盖的记忆中如今
君の温もりに縋ること
仅是依靠着你给的温暖
重い瞼を薄く開けて
沉重的眼睑慢慢地张开
じきに終わる世界に寄生すること
立即又寄生于着终结了的世界啊
誰にだって出来るなら
哪怕能做到这样活着
勝ち負けとか 幸せ不幸せ
究竟是胜还是负,是幸还是不幸呢
なんて短絡的な答えより
作为简明短促的回答的
ここにいたってことの証明を
是活在此处的证明
生き急げ!
快点活下去!
結末だって宿命だって
哪怕是终末,哪怕是宿命
決まっちゃいないぜ
还没有被决定啊
震える手で 引き金引くんだ 煤けたままの電撃銃
用颤抖的手,被扣下扳机的,烟气熏绕的电击枪
切り拓いた未知の先で
开拓着的未知的眼前
絶望が息を潜めていても
哪怕绝望已经把气息深潜
受け止めて全部壊したい
想承受住全部的创伤啊
本当の意味で自由になる喜び
真正意义上的自由带来的那份快乐
爪先立ちでも届かなかった
即使踮起脚尖也够不着啊
灰色の記憶が
灰暗的记忆
駆け巡って熱くなった脳裏で
在发热的脑袋里巡回往复
また思い出してるのは
还能想到的仅剩
夢で見た君の笑顔だった
在梦中见到的你的笑颜啊
その意味すらわからないまま
尚且不解其味地
駆け出して
继续奔跑吧
生き急げ!
快点活下去!
終末だって運命だって
哪怕是终末,哪怕是命运,不要诅咒我啊
震える手で 引き金引くんだ 煤けたままの電撃銃
用颤抖的手 被扣下扳机的 烟气熏绕的电击枪
砂を蹴って世界に立って
踏遍了砂石,驻足于世界
探し求めた果ての分水嶺に
在探求到的结果的分水岭中
見えるもの全部信じたい
想把见到的东西都这样相信啊

后记:1.分水(KAFU版) 和《深海距离》一样具有独立的歌词的背景故事,
本部分取自百度翻译加上个人校对
◆Episode of “KISE”
亡国の皇子キセは、故郷を捨て独り旅に出た。
灭亡了的国家的王子キセ抛弃故乡独自旅行
国と心中するのはごめんだったからだ。
“因为我不想和国家一起自杀”
かつて栄華を誇ったその国は、今は見る影もない。
曾经荣华富贵的那个国家,现在已经看不到了
“旧き大戦”に敗れて以降、世界は一変してしまった。
“旧的大战”失败以后,世界为之一变
民はどんどん数を減らし、国土も誇りも失い、
人民不断减少,失去了国土和荣誉
世間は悲観と諦観に支配されていた。
社会被悲观和放弃所支配
――そもそもボクは、かつて栄えていた国の姿を知らない。
——我原本就不知道曾经繁荣的国家的样子
ボクが生まれてきた時、既にこの国は緩やかに死につつあった。
我出生的时候,这个国家已经慢慢地死去了
老人たちは「昔はよかった」と思い出話ばかりしている。
老人们总是回忆说:“以前很好。”
大人たちは「もうダメだ」と絶望ばかり口にする。
大人们总是说“已经不行了”
……この国をダメにしたのはアンタたちじゃないか。
……破坏这个国家的不是你们吗
無責任な事ばかりいいやがって。
净说些不负责任的事
これからを生きなければならないボクたちは、
今后必须活下去的我们
何を頼りに生きていけばいいっていうんだ。
靠什么活下去才好呢
“大いなる我らが源祖、天より来たりて地を開闢せし神の子なり”
“我们伟大的祖先,是从天上来的开天辟地的神之子”
そんな老人の世迷い言に付き合わされて、
在这样的老人的迷信中
形骸化した儀式を押し付けられて。
被强加了形骸化的仪式
耐えきれなくなって、ボクは逃げた。
无法忍受,我逃走了
永い旅の途中。
在漫长的旅途中
《叡智の一族》の遺跡で、ボクは“黒い碑文"を見つけた。
在《睿智一族》的遗迹中,我发现了“黑色碑文”
そこに記されていたのは、あの老人たちの伝承を裏付ける記述だった。
在那里记载的是证明那些老人们传承下来的记述
源祖が地上に降り立ったという「聖地」
源祖降临在地上的“圣地”
天界への門を開く「神器」
打开通往天界之门的“神器”
ボクらが本当に“神の子”だったのだと証明できれば、
如果能证明我们真的是“神之子”的话
あの国はもう一度、失った何かを取り戻せるんじゃないだろうか。
国家不就能再一次找回失去的东西吗
碑文が真実かどうかは分からない。
碑文是否真实不得而知
でもボクには、それに縋るしか拠り所がなかったんだ。
但是我只能依靠那个了
2.该曲和《深海距离》属于同一系列,西憂花却创出了不一样的风格,相对于她自己之前的曲风,这两首曲子极大地拓宽了她的曲风面,我只能说是真的才华横溢。而且不得不佩服的是,两首曲子的self cover都极其般配西憂花本人的声线,歌曲表现力个人认为极高。
3.西憂花在3周年纪念直播(B站有搬运)上提到了关于创作这两首曲目时的心情(约42:25),因为曲子采用的是KAFU版的(实际上西憂花本人的不是更好么),她在作曲时要考虑要以怎么样的歌唱方式才能表现那种感情,虽然说有点困难,但最后很高兴完成了编曲和作词。

