【熟肉渣翻】「山根綺のほんとのところ。」#9 助演女優賞

【前言】三篇连发的最后一篇第九篇。如果参加过YAYA RECORDS CREW会限直播的朋友或许会知道ややさん谈到与阿宅们的相处之道时最常提到的就是希望自己能成为各位人生中重要的一部分但不是必不可少的一部分。这一观点在前天晚上的直播中也提到了,同时也成为我昨晚边喝酒边哭的原因之一(。)但是总而言之,作为阿宅的我们也应该有属于自己的一份与自推的相处之道。不论什么事物,没有限制地发展下去最后只会迎来一片荒芜。

结果我还是想要成为对某人来说必要的人啊。
我内心中所渴求的
不是金钱地位名声这些东西,
而或许是“只要在这里就行了”“只要活着就行了”
诸如此类的理由。
所谓人比起为了自己而努力,
为了某种事物、某个人不是更加能够努力吗?
由于这种与个人主义也有着些许相像的感情中不掺有令人匪夷所思或是感到苦涩的成分。
这会不会就是所谓的爱呢?
我有时会这么想。
对于我来说,每个人都是人生这一舞台的主角。
每一位主人公每天都在聚光灯的照射下活着。
所以我啊,
想要在大家的人生这一舞台上赢得最佳女配角奖。
直到落幕那一刻为止,你的心中的某处有我的存在;
也想让你认为能够发现山根绮这个人是一件幸福的事啊。
不论是顺境或是逆境,
只要在那里,有我的存在就好了。

結局私は、誰かに必要とされたいんですよね。
お金とか地位とか名誉ではなくて
ただここにいても良いっていう理由が
生きていても良いんだっていう理由が、
自分の中で欲しいだけなのかもしれません。
人って自分のために頑張るより、
何かの、誰かのためにやる方が頑張れるじゃないですか。
そんなエゴにも似た気持ちには不思議とえぐみが無いから
もしかしたらこれが、
愛というものなのでは?なんて思ったりします。
山根にとって人生は、一人一人が主役の舞台。
全員が主人公で、
毎日スポットライトを浴びながら生きているのです。
だからわたし、
皆の人生という舞台で、助演女優賞をとりたい。
幕が下りる瞬間まで、あなたの心のどこかに私がいて
山根を見つけられて幸せだったなって思ってほしい。
良い時も悪い時も
ただそこに、わたしがいたらいいな。