偶然看见れな的755转了别人的一篇文章,差点把偶看哭了。。
れな的真爱粉可以给大家翻译下看看。。偶就懒得翻了。。

AKBカフェテリア
#1413『山崎怜奈論 cross the border』
彼女は今、選抜の目の前に立っている....
山崎怜奈。乃木坂46第2期生。
東京都出身。5月21日生まれ(21歳)
愛称れなち、ザキさん。
現在、慶応義塾大学に通う。
テレビ朝日系「Qさま」に連続で出演中。
先日、総合3位の好成績を残した。
元々、人見知りの性格で友達にも遊びに行こうと誘えず、放課後は一人勉強をして暇を潰していた。気が付けば、中学の成績は学年トップになっていた。そんな自分には真面目しか取り柄がない。本当はもっとみんなとふざけ合って遊びたいって、心の底では変わりたい憧れがあった。そんな彼女を観ていたのか、きっかけは母親が勝手に応募した「乃木坂46第2期生オーディション」だった。書類審査を通過し「学業は優先したい、だけど今の私にとって乃木坂46は何かを変えられるかもしれない....」そう願い、土曜午前の授業を終えそのままオーディション会場へと向かった。そして2013年3月28日、乃木坂46・山崎怜奈が誕生した。
高校一年生となり、乃木坂46としての日々が始まった。だが、彼女の言葉を借りると「自分は日の当たらない存在」だった。加入当初、研究生からのスタートとなった2期生の中でも、正規メンバーに昇格したのは2年後となる一番最後の組だった。ダンス経験もなかった。だからこそ、みんなが休憩している時も、一人鏡の前で練習を重ねた。いつもガラガラの握手会にどうすればファンの方に来てもらえるか、試行錯誤を繰り返した。先ずは知って貰う為、誰よりもSNSを多く更新しようと努めた。前に出る為の努力は、誰よりも重ねたつもりだった。それでも、彼女に突き付けられた現実は「アンダー」の4文字。これまでの5年半、選抜メンバーには一度も選ばれなかった....
当初、アンダーの中でも3列目の端だった。握手会も会場によっては1部しか売れなくて、残された時間をたった一人で過ごす事もあった。たとえ乃木坂に入っても、あの頃と何も変わらぬ現実に悩む日々は続いた。
「選抜経験のない私達は、何をどう頑張れば良いのか分からない。でも先輩たちに負けない様に、自分達で何とかするしかない。だとしたら、もっと積極的にやって行くしかない」
その決意と共に
彼女は、その歩みを止めなかった....
時が過ぎ、アンダーのフロントに立てた時、景色が広がった。握手会も念願だった全30部をフルで完売する事が出来た。その度にファンの方に喜んで貰える事で、これまでの苦労は一気に吹き飛んだ。そんな活動の合間を縫っての学業との両立。中国語検定ではHSK3級(日常会話が出来るレベル)を取得。「最近、中国の方もSNSにコメントをくれる。だからもっと語学力を身に付けて、乃木坂の魅力を広めたい。私はその為の架け橋になりたい」との動機だった。そして念願を叶え、2018年12月1日に開催された「乃木坂46中国・上海メルセデスベンツアリーナ単独公演」では代表メンバーとしての出演を果たした。
その活躍が著しい乃木坂46。
層が厚い一期生、注目度の高い三期生。
そして、加入したばかりの四期生。
限られた選抜メンバーの枠。
今も尚、二期生にとっては大きな課題だ。
でもだからこそ、
自分自身は挑戦的で在りたいと語っている。時にその行動が誤解されたり、損をしてしまった事もあった....
それでも諦めなかったのは自分の為じゃない。こんな私を応援してくれるファンの方々に申し訳ないって、ずっと思いながら生きて来たから。そしていつの日も、乃木坂46の選抜になりたいと本気で思って来たから。
そんな彼女は、自分を見つめる。
「自分は遠回りして来た。他の2期生と比べて露出も少なかった。でもその分、周りの人が見て来なかった景色や痛みを知っている。でもそれが、いつの日か役に立つ日が来るのかなって思っています。だから、今までの私は無駄じゃないって」
山崎怜奈は、
優等生だけど、不意に不器用で
だから真面目にもがくしかないから、
時にバタバタしている様にも見られて
焦ったり、緊張しいだったりして、
まだまだ成長の途中なのは分かってるけど
今のあなたは、とても輝いて見える。
今のあなたのファンは、喜んで見える。
それは素直に、その活躍が嬉しいから。
それは素直に、その活躍は本物だから。
不意に、チャンスを掴める時がある。
でも、そのチャンスを次に繋げるのは
本当に難しく、そこには努力が必要になる。
だから、繋がったチャンスは実力なんだ。
もしも願いが叶うなら、
君が選抜メンバーの乃木坂46を観たい。
クリスマスプレゼントじゃなく、
その時の贈り物をみんなでお祝いしたい。
それは、君の最高の笑顔だ。
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