日文阅读 | 精读··投胎如同摸奖,人生被剧透,躺平是否可取?

最近,在日本的网络上针对某个流行词,赞成和反对双方争论不休。这就是:“父母扭蛋”。意指父母和家庭环境无法选择,出生就如同抽扭蛋,全凭运气。
「親ガチャ」という、見るからに不穏なワードが流行している。 「親ガチャ」とはようするに、自分の両親や生まれた家庭環境は選べない、いうなれば完全な運任せであることを、ソーシャルゲームの「ガチャ(=クジ引き)」になぞらえたネットスラングである。 このワードの賛否や是非をめぐり、ネットは連日にわたって大荒れの様相を呈している。
見るから
[副]ちょっと見ただけで、いかにもそういう感じがするさま。一目(ひとめ)見て。
一看就···。一眼看上去···。
「見るからに素朴で、元はこの付近の農家か漁師の出ではないかと思える。」
「最後の一人、まだ若い青白い顔の男だけが、見るからに学者タイプだった。」
ネットスラング【net slang】
网络俚语
大荒れ
极为动荡。大闹特闹。
「坊っちゃんの生活は大荒れに荒れておりまして、この三年間というもの、無茶なまねばかりしておられたのでございます。」
「しばしば大荒れとなる恋愛模様もタブロイド紙のネタとなり、彼女の経歴に影を投げかけた。」

现在三十多岁和四十多岁的人,在上世纪90年代和2000年代正当年幼,他们是切身感受到日本经济过山车式地从蓬勃发展跌落谷底的最后一代人。对于当时的年轻人来说,“美好时代”才刚刚过去。然而,如今的年轻人在过去辉煌的年代甚至还没有出生。可想而知,他们对景气是什么样子根本没有概念。这个国家经济停滞的时间,已经超出了年轻人的年龄,这让他们产生出一种“现实就是这样”的感觉。
素晴らしかった好景気の時代から「失われたn年(いわゆるロスト・ジェネレーション)」という、どん底の不況へのジェットコースター的な滑落を肌感覚で知っているのは、1990年代から2000年代に若年期を生きた現在の30代や40代までだ。....当時の若者たちにとっては、「日本がすばらしかった時代」はつい先日のことであり、いくばくかのリアリティーが残されていた。だが、現在の若者たちは、かつての「輝かしい時代」にはそもそも生まれてすらいない。....言うまでもないが、かれらは好景気だった時代など知りようもない。ひと回りふた回り上の先輩(リーマンショック世代、氷河期世代)に尋ねても「いや、昔から景気はずっと悪かったよ」と言われる。....失われたn年があまりに長かったのだ。若者たちの年齢を超えてしまうほど続いたこの国の長期低迷は、若者たちに「諦め」ではなく「現実とはもとより、そういうものだ」という感覚をもたらした。
ジェットコースター【jet coaster】
过山车。roller coaster。
「その卓越したストーリー性とジェットコースターのような予想を超える展開で、若い女性たちを中心に絶大な支持を得た。」
いくばくか
わずか。すこし。
若干。一点点。
「しかし子供の配偶者に幾ばくかの嫉妬を感ずるのは何も女親だけではないようである。」
「昨夜の中に消費果してしまう筈の金が、まだ幾許か残っていたので、どうせ貧乏になりついでだと思って、掴出した貨幣を老人の古帽子の中へ投入れてやった。」
ひと回り
一轮。十二年。
「江戸川乱歩賞も彼のほうが一年先輩だ。年齢はといえば、わたしのほうが一回りも上である。ではなぜ同級生なのかというと、一緒に落選したことがあるのだ。」
「ひと回り以上も齢のはなれた夫婦で、そのとき清兵衛は五十を過ぎていたが、まだ死ぬことまでは考えていなかったのである。」
リーマンショック世代
リーマン・ショックとは、アメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズが2008年秋に経営破綻したことによって生じた、世界的な金融危機。リーマン・ショックの影響は日本にも及び、当時新卒社員だった2008年入社世代と、内定前後で世の中の状況が一変した2009年入社世代の中には、辛酸を嘗めた人も多かった。
氷河期世代
氷河期世代とは、1970年~1982年頃に生まれた就職氷河期を経験した世代。2021年時点での年齢は38歳~51歳程度で、働き盛りの世代です。(1993年~2003年頃までの大規模な就職難が社会問題となった時期が就職氷河期です。)就職氷河期世代やロスジェネ世代、ロストジェネレーション世代と呼ばれることもあります。

行为遗传学和发展心理学的进步向我们直截了当地揭露了一个事实,即“基因”和“认知特征”对一个人的能力、个性,进而对人生都有着深刻的影响。
高学历带来高收入,而有钱人的孩子又能接受良好的教育,如此循环往复。支撑这种阶级固化的底层逻辑不仅是“个人的努力”,而且在很大程度上依赖“遗传”、“父母的收入”和“父母受教育的程度”——换句话说,就是“运气”。
运气(基因、父母的收入、他们提供的生活条件和人际关系)在生活中比是否努力更具有决定性。事实上,“能否做出努力”也受到运气的影响。一些学者和知识分子纷纷站出来提出了终极真理:“你无法控制自己的努力”,“更重要的是,能否努力也是一种天赋”。
行動遺伝学や発達心理学の目覚ましい進歩は、私たちが想像していたよりもずっと「遺伝子」や「認知的特性」がその人の能力や人格、ひいては人生に大きな影響を与えることを、身も蓋もない真実として社会に「開示」した。 高学歴者が高所得者になり、高所得者の子どもがまた高学歴者になり、そして高所得者となる。この階層固定化のループの根底を支えているのが「本人たちの努力」だけではなく、むしろ大部分は「遺伝」や「親の所得」「親の学歴」――つまり「運」であることが白日の下にさらされた。それが、2020年代の前提知識なのである。 自分が努力するかどうかよりも「運(親の遺伝子、親の所得、親が与えてくれる生活環境、人間関係)」が人生においては決定的にモノをいう。いや、それどころか「努力できるかどうか」すらも「運」によって影響を受けてしまう。 「自分の努力ではどうすることもできない」「もっといえば、努力できるか否かすら才能である」という究極的な真実を提示する学者や知識人が大勢現れた。....「お前の自己責任だろ」「言い訳するな、甘えるな」という言葉を跳ね返すだけの「理論武装」が、すでに十分すぎるほど提供された。
身も蓋もない
表現が露骨すぎて、味わいがないこと。あまりにも率直すぎてどうしようもないこと。
非常露骨。直截了当。
「わたしに素養がないのは事実かもしれないが、そう言われてしまっては身も蓋もない。」
「身も蓋もない改革よりも、忖度した方が皆の利益になる場合がある。」
白日の下にさらす
隠されていた物事や事実を明るみに出す。
暴露在光天化日之下。
「副産物としては、障害者たちのあまりにひどい生活環境が白日の下にさらされて、施設の経営者世間の非難攻撃の的となった。」
「十数万人の非公式協力者たちも、事実が白日の下に曝されれば職を失うだろう。」
モノを言う
効果を発揮する。効き目がある。
起作用。
「日頃の努力が物を言うのだから、怠けてはいけないよ。」
跳ね返す
推翻。顶回去。
「コイツがこんな表情をしたときはいつも、僕たちは逆境を跳ね返すことに成功してきた。」
「真壁と最初に直接話したとき、この人は、無遠慮な視線を跳ね返す術を持った人だと思った。」

当越来越多的证据表明“你的人生中只有很少一部分可以通过自己的努力改变”,那么“父母扭蛋”这个词语的流行也只是现代社会的“结果”之一。只不过是将我们已有的答案用一种更抓人心的方式表达。
之所以选择“扭蛋”这个词,是因为在今天许多年轻人玩的社交游戏中,如果没有抽中高价值的物品,还可以反复重置游戏,重新抽取扭蛋。然而现实生活只有一次抽选,而且不能重置。所以带有“现实是更烂的游戏”的讽刺意味。
“能力=努力”这个毫无根据的神话,一代又一代地养肥了特权精英阶层,而许多无名小卒的贫困和窘境却不断地被无视(或归结为个人的过失)。使用“努力”和“责任”这样的词语作为拒绝社会再分配的手段,而“父母扭蛋”流行的背后就是对这样的现状作出声势浩大的反击。
「親ガチャ」とは、「あなたの人生は、あなたの努力で動かせる部分はとても少ない」というエビデンスがひたすらに詰み上がってきた、現代社会のひとつの「結果」でしかない。....「親ガチャ」という言葉は、単に「すでにあった答え」をキャッチーに表現したものでしかないからだ。 あえて「ガチャ」というワーディングが選ばれたのは、現代の多くの若者たちが好んでプレイする実際のソーシャルゲームであれば、目ぼしいアイテムが出なければゲームを初期化してもういちど最初のガチャを引き直す「リセットマラソン(通称リセマラ)」が大抵はできるのに、現実は一回きりのガチャでやり直しがきかないため、「現実の方がクソゲーだ」という風刺的なニュアンスも込められているだろう。 そしてなにより、これまで自明の真実として美談的に語られてきた「能力=努力」という根拠薄弱な神話によって、特権的なエリート階層の人びとは代々にわたって肥え太り、一方で多くの名もなき人びとの苦境や困窮はひたすらに無効化(自己責任化)されてきた。努力や責任といった言葉を、社会的再分配を拒否するための方便としてきたことに対する壮大な「バックラッシュ」が、「親ガチャ」というワードの流行の背景にはある。
ソーシャルゲーム
社交游戏是由社交平台(SNS)提供的游戏。与其他游戏的主要区别在于,可以使用你的SNS用户名和头像,并邀请朋友来玩,或在游戏中结交朋友。而且有很强的收集元素,比如排名竞争、争夺和交易物品。
リセマラ
反复重置智能手机上游戏应用的行为。特别是通过不断地安装和卸载,直到在游戏开始时作为奖励随机发放的物品,出现自己想要的为止。
目ぼしい
多くの中で、ひときわ目立っている。注目に値するさまである。
值钱的。突出的。显眼的。
「大正七年以後になると、明治の作家による目ぼしい作品が、急速にすくなくなってくる。」
「なにか買って帰らなければならないのだが、目ぼしい商品はほとんど輸入されていて、日本のデパートでも買うことができる。」
バックラッシュ
特定の社会現象に対する反対運動。
逆潮。

原文:親ガチャ、反出生主義…若者たちは「人生のネタバレ」に絶望している@御田寺 圭