温暖化対策の切り札 アメリカで進む“赤い海藻”プロジェクト
温室効果がひときわ高いとされる「メタン」。
牛など家畜のゲップに含まれ、その量は二酸化炭素に換算して年間およそ20億トンとも言われています。
解決のカギになると、世界中で注目されているのが「カギケノリ」という赤い海藻です。
牛肉の生産量が世界一のアメリカで、この海藻を牛の餌に混ぜて食べさせ、メタンの削減につなげようという取り組みに密着しました。
(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)
「代替肉の市場拡大」国連の会議でも議論に
「環境に悪いから牛肉は食べない」
国民1人あたりの年間の牛肉消費量が30キロ近くと、“肉好き”が多いアメリカですが、現地では、このように話す人に会うことが少なくありません。

背景にあるのが、牛などの家畜がもたらす地球温暖化への影響です。
牛のゲップに含まれる「メタン」は、二酸化炭素と比べて20倍以上もの温室効果があるとされています。
牛肉の生産が増えると、それだけ温暖化も進んでしまう可能性があるのです。
国連の会議「COP27」の議長国が2022年11月に発表した行動計画には、大豆などで作られた「代替肉の市場拡大」が盛り込まれました。

言いかえれば、本物の肉を食べる機会を減らそうということですが、それほど家畜を生産する過程で発生する温室効果ガスを減らすことは喫緊の課題となっているのです。
育てる牛を海藻で脱炭素
とはいえ、環境に配慮しながら牛肉を食べることはできないものか。
牛肉大国アメリカで、この課題に挑戦する若き経営者がいると聞き、向かったのはハワイ島です。
海のすぐ近くにオフィスと研究施設を構えるスタートアップ企業のCEO、アレクシア・アクベイさんは、牛のゲップに含まれるメタンを減らす方法に取り組んでいます。
目をつけたのが「カギケノリ」いう赤い色をした海藻です。

ハワイ島の周辺や日本を含むアジアの海に生息していて、この海藻を餌に混ぜて食べさせると牛などの家畜のゲップに含まれるメタンが減少するとして注目されています。
牛の胃にはさまざまな微生物がいて食べ物を消化する過程でメタンを発生させますが、海藻が微生物に作用するとガスが減るというのです。
ただ、餌にするには大量の海藻が必要です。
この企業では、培養できないかと研究を重ね、このほどようやく量産化にこぎ着けました。
この海藻はもともと波がぶつかり合う場所で育つため、海藻が水中をくるくると回転しながら育つ環境を人為的に再現した施設を作りました。

スタートアップ企業「シンブロジア」 アレクシア・アクベイCEO
「野生のカギケノリは、魚など他の動物に食べられてしまわないよう特殊な化合物を発生させます。その化合物が牛の吐息に含まれるメタンガスを減らすことができる成分なんです。メタンは二酸化炭素より温暖化への影響が大きいため、もしメタンの排出量を社会全体でより迅速に減らすことができれば、温暖化を止めるために効果を発揮できます」
畜産農家を巻き込みメタン削減を検証
アクベイさんは3年前、羊の餌にこの海藻を混ぜてメタンがどれだけ減るのか実験を行いました。
羊は牛と同じく、胃の中でメタンが発生するとされているためです。
その結果、海藻を食べた羊は、食べていない羊と比較して、メタンの排出量が75%減少したといいます。
そして、2023年4月からは、畜産農家の協力を得て、いよいよ実際に牛を使ったプロジェクトに乗り出しました。

90日間の実験への協力を申し出たのはオレゴン州の老舗牧場で、私は取材で実験の初日に現地を訪れました。
まず、24頭の牛たちを、海藻を混ぜた餌を食べさせる12頭と、海藻を食べさせない12頭の2つのグループに分け、柵で隔てます。
次にバケツの中に餌と加工した海藻を投入してよく混ぜ、バケツを放置。
しばらくすると、海藻を与えるグループの牛たちがバケツの周りを囲むように群がり、次々と食べていきました。

海藻を食べた牛たちのメタンの濃度を測定するのは、牛が首を突っ込むとおやつが出てくる特殊な機械です。
牛がおやつを食べている間に、空圧を使って牛の吐息や鼻息、ゲップなどを回収。

内臓されたセンサーでデータを収集し、動物の体重や体脂肪などの数字を使ってメタンの排出量を算出します。
実験に協力する牧場の経営者、コーリー・カーマンさんは、地球温暖化の防止に役立つのであれば協力を惜しまないといいます。

牧場の経営者 コーリー・カーマンさん
「最初にこのプロジェクトの話を聞いた時には無理があると思いました。ハワイからオレゴンに海藻を運び、それを牛たちに食べさせることが本当に理にかなっているのか分からなかったからです。でも少量の海藻でかなりの量のメタンガスの排出を抑えることができると知り、考えを変えました。私は長年、農家にも環境問題を解決すべき使命があると考えてきましたが、広く他の農家にも共感してもらうには彼らを説得できるだけのデータが必要なんです」
気になる結果は… 実用化に期待
開始からおよそ1か月後、分析の進捗がどうなっているのか、このプロジェクトのデータ分析を担う、カンザス州立大学を訪ねました。
大学のトンプソン助教によると、牛のメタンの排出量は、当初は1頭あたり最大1日400グラムほどでしたが、海藻を食べた牛の場合、それが2週間後には半分程度にまで減りました。
海藻を食べてない牛ではメタンの減少は見られなかったとしています。
初期のデータ分析では、確実にメタンの排出量が減っているのが見てとれるとして、トンプソン助教は、実験が成功すれば、この海藻を多くの生産者に使ってもらうきっかけ作りになるのではないかと期待を寄せています。

カンザス州立大学 ローガン・トンプソン助教
「とてもよい傾向です。初期のデータでメタンガスが減少しているので、この海藻は農家が導入したらきちんと機能する商品になると思っています。自分たちも何か環境保護のためにしたいという農家はたくさんいます。実験は長期間にわたって傾向を見るのが大切なので、今後さらに多くのデータを収集して分析していきたい」
温暖化防止へ持続可能な仕組みを目指して
海藻の培養を進めるハワイのスタートアップ企業や実験に参加している畜産農家によると、海藻を混ぜた餌を与えてもこれまでのところ牛の健康状態に影響は見られないということです。
また、海藻の実用化にあたっての今後の課題は、効率的な量産とコストの削減です。

酪農家がこの海藻を飼育する牛に与え続けることが可能だと思える価格帯に抑えることができるかどうかがポイントになるということでした。
そして、いま進行中のプロジェクトでは、今後、畜産農家が海藻を牛に食べさせることでメタンの排出量を減らす取り組みに参加した場合、減らしたメタンの量に応じて、農家が協力企業から一定の資金をもらえる仕組み作りも検討しています。
海藻を使って牛のゲップに含まれるメタンを減らそうという取り組みは、牛肉の生産や消費が盛んなオーストラリアでも進められています。
牛肉大国のアメリカで実用化が進めば、排出されるメタンの量を大幅に減らすことができる可能性を秘めています。
アメリカで始まった産学連携の取り組みが地球温暖化を防ぐ持続可能な仕組みになるのかどうか、注目していきたいと思います。