18あなたの愛が正しいわ~
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18 とても大切なこと【デイヴィス視点】
夜会会場につくと、僕たちは仲の良い理想の夫婦を演じる。
馬車から降りるローザをエスコートしながら、このときだけ僕に向けられるローザの優しい笑みに胸がしめつけられた。
僕とローザは、お世話になっている方々に挨拶を終えると、いつものように別行動をする。
最近のローザは、グラジオラス公爵とダンスを踊ることが多い。
公爵にリードされて楽しそうに踊るローザを、僕は離れた場所から薄暗い気持ちを抱えたまま見つめることしかできないでいた。
本当なら、ローザと踊るのは僕だったし、ローザと楽しそうに微笑み合うのも僕のはずだった。
僕がローザにひどいことをしたのもわかっているし、ローザが僕に少しも興味がないことも理解している。でも、本当にもうどうすることもできないのだろうか?と思ってしまう。
もしこれが、結婚する前なら、わかれて終わっていた。
でも、僕たちは夫婦なので離婚しない限り、ずっとこの関係がつづいていく。僕はもちろんローザと別れるつもりはないけど、ローザも今のところ僕と別れるつもりはないようだ。
それに関しては、僕たちが政略結婚だったことに感謝するしかない。もし、これが恋愛結婚だったなら、僕がローザに冷たく当たった時点で、きっとローザは僕の元を離れていた。
ローザがダンスを踊り終えた。満面の笑みで公爵に会釈すると、ローザは公爵夫人の元へ向かった。
これまで夜会の間中、ローザをないがしろにしていた僕に、ローザが話しかけてくれることはない。
「少しいいかな?」
顔を上げると、そこには先ほどまでローザとダンスを楽しんでいたグラジオラス公爵が立っていた。僕は慌てて頭を下げる。
「バルコニーに行こう」
「はい」
公爵は、落ち着いた大人の魅力があり、同性から見ても憧れてしまう。そんな彼とダンスを踊っているのだから、ローザが楽しくなるのは当たり前のように思えた。
「いつも、ローザ夫人をダンスに誘ってすまないね」
「いえ」
「ふむ」とうなずいた公爵は、「ローザ夫人にはお世話になっているから、君の悩みを聞いてあげよう」と予想外のことを言い出した。
「悩んでいないとは言わせないよ。毎回、夜会会場で会うたびに、そんな暗い顔をしているのだから」
「……申し訳ありません」
そんなに顔に出ていたのだろうか? 貴族として恥ずかしく思う。
公爵に「君はなかなかやり手のようだから、悩みは事業のことかな?」と聞かれ、僕は本当のことを言うか迷った。
以前、ローザのことを友に相談したら『あきらめろ』と言われてしまった。それ以降、なんとなく距離をとられているように思う。
公爵に相談して、またあきらめろと言われたら……。いや、そのときこそ、本当にローザのことをあきらめるべきなのかもしれない。
僕は覚悟を決めて、これまでのローザとのことを話した。
公爵は、途中で口をはさむことなく、「ふむ」「なるほど」などと相づちを打ちながら最後まで僕の話を聞いてくれた。
「もう今さら僕が何を言ってもムダなんです。どれほど謝罪しても、愛していると伝えても、ローザには届かない……」
僕は黙ると公爵の答えを待った。
公爵にも、『お前が悪い、もうどうしようもない、ローザのことはあきらめろ』と言われたら、もう認めるしかない。
公爵夫人を大切にしている公爵に、どれほど責められるか構えていると、公爵は穏やかな口調で話しだした。
「これは、私が気をつけていることなのだがね」
そういった公爵は、僕を責めるような素振りを少しも見せない
「私は、妻に『感謝』を伝えるようにしているよ」
「感謝……ですか?」
「そう、感謝。ようするに、ありがとう、だ」
「そんな……。僕がどれだけ謝っても、愛を伝えても、見向きもされないのに……」
「だから、感謝だよ。謝罪をすれば、相手から許してほしくなる。愛を伝えれば、相手からも同じくらい愛してもらいたくなる。でも、感謝は、自分一人で、いつでも、どこでも、だれにでもできる。だって、感謝はもうすでに何かをやってもらったあとだからね。『ありがとう』それで終わりだ。そのあとで、相手が私のことをどう思っていても関係ないだろう?」
「そう、でしょうか? ありがとうといえば、相手にもありがとうと言ってほしくなってしまうのでは?」
「そうだね。だったら、君が何かをしても『ありがとう』と言ってくれない相手には、次からは何もしなければいい」
公爵が言うことは、なんだか当たり前すぎて、しっくりこない。
でも公爵に「君は、ローザ夫人に感謝を伝えているかな?」と問われて、僕はすぐに答えることができなかった。
ローザに何かをしてもらうことが当たり前になっていて、お礼を言うという発想すらなかったことに愕然とする。
思い返せば、こんなに冷えた関係になってしまった今でも、ローザは、僕が契約書にサインをすると『ありがとう』と言ってくれていた。
公爵は僕の肩をポンッと優しく叩いた。
「お役に立てなくてすまないね」
「い、いえ! ありがとうございました!」
口元をゆるめた公爵は最後に「私たちは、結局、誰に何を言われようが、誰に何をされようが、自分自身が後悔しないように、精一杯、生きるしかないよ。頑張りたまえ」と励ましてくれた。
僕はバルコニーから夜会会場へもどる公爵の背中に深く頭を下げた。
夜会が終わり、ローザと一緒に乗り込んだ馬車の中はあいかわらず静かだった。ローザは楽しそうに馬車の外の景色を眺めている。
向かいの席に座っている僕の存在なんて気にもしない。
僕は夜会での公爵の言葉を思い出していた。
急に『感謝』と言われても、何に感謝すればいいんだろう?
僕は、夫婦間がこんなにもこじれてしまったきっかけになった仕事のことを思い出した。
「ローザ、ごめん」
こちらを振り返ったローザの瞳には、何の感情も見て取れない。やっぱり謝罪ではダメなんだと、僕は慌てて感謝を口にした。
「ローザ、ありがとう。その……僕が一年前に体調を崩したときに、代わりに仕事を引き受けてくれて……」
ローザの翡翠のような瞳が大きく見開いた。
「難しい仕事だったのに、君に任せたことを忘れてごめん……。あ、いや、ありがとう。とても助かったよ」
チラリとローザを見ると、綺麗な瞳をパチパチと瞬かせていた。
「急にどうしたの?」
「どうしたんだろうね……。ただ、君にお礼を言いたくなったんだ」
公爵の言うとおり、感謝は相手の反応が関係ない。ローザにどう思われようと、感謝を伝えられたことに僕は満足していた。
ローザは「あのときは、本当に大変だったのよ」とため息をつく。
「ごめ……じゃなくて! ありがとう」
しばらくすると、ローザがクスッと小さく笑った。
「いいのよ。もう気にしないで。あなたは、あんなに難しい仕事をしてくれていたのね。ファルテール伯爵であるあなたの大変さが少しだけわかったような気がするわ。いつもありがとう、デイヴィス」
そういったローザの微笑みがあまりにも綺麗で、その声音が信じられないくらい優しくて、気がつけば僕は涙を流していた。
「ローザ、ごめん……。ありがとう。僕と結婚してくれて、僕の側にいてくれて……。こんな僕を見捨てないで、まだ僕と夫婦であろうとしてくれて……本当に、本当に、感謝しているんだ」
あふれる涙でローザの顔が良く見えない。
「デイヴィス、大丈夫? 何か変なものでも食べたの?」
そういったローザの声が、出会ったころのように優しくて僕はもう、それだけでいいと思った。
これからは、彼女に何も求めず、ただ感謝していこう。
そうするだけで、僕の心が満たされるのだと、ようやくわかったから。